男性不妊、男性の妊活の重要性が注目されている昨今、男性の妊活にまつわる情報がより強く求められるようになってきました。
しかしまだ男性不妊にまつわる情報は十分とはいえず、「病院はどこに行けばよいのか」「なにをすれば効果的なのか」といったお悩みの声をHOMMEZ(オムズ)では数多く頂いております。
そこでHOMMEZ(オムズ)では、医師や栄養士、薬剤師などの専門家に取材を実施し、男性の妊活にまつわるお役立ち情報を発信しております。
今回お話を伺った専門家は男性妊活について長年に渡り数多くの研究や臨床を実施し、多数のメディアにも出演する順天堂大学医学部付属 浦安病院泌尿器科 教授の辻村 晃先生です。
日本人男性の半数近くが実は精液の状態が良くないといった衝撃の事実など、30年に渡り、数多くの妊活に取り組む患者さんを支援されてきた専門医ならではの貴重なお話を数多く聞くことができました。是非最後までご覧ください。
順天堂大学医学部付属 浦安病院泌尿器科 教授
辻村 晃先生
一般社団法人日本生殖医学界副理事。国立病院機構大阪医療センター勤務後、ニューヨーク大学に留学し細胞生物学臨床研究員を務める。大阪大学医学部泌尿器科准教授を経て、現在に至る。特に生殖医学、性機能障害の治療に注力し、不妊に悩む数多くの夫婦を助けてきた。
高まる男性妊活の注目度
――先生本日はよろしくお願いします。早速ですが先生が男性不妊の領域に取り組まれたのは、どのような経緯があったのでしょうか?
最初は男性不妊というよりも、研究に興味を持っていたんですよ。30年くらい前のことです。
僕らが若い頃って、研究の1番花形は遺伝子を見つけることだったのです。例えば癌になる遺伝子を見つけるとか、この遺伝子で癌が抑制されますみたいなことを見つけるなど。
いわゆる遺伝子バンク、ジーンバンクに自分の名前でその遺伝子を登録して、延々とその名前が残っていくというような事が花形だったわけです。
その中で、癌の遺伝子を見つけようとしていた人は当時沢山いらっしゃったので、僕は受精するために必要な、子供が出来るために必要な遺伝子を見つけようとして研究を始めたのがきっかけです。
――そんなに長い間取り組まれているのですね、ここ最近はメディアでも妊活の話題が多く取り上げられるようになりましたね。
そうですね。NHKの朝の番組に出演したときも、勃起の話題でしたからね。
NHKさんが朝の番組で勃起の話題を出せるというレベルで当たり前になってきていますね。
ちなみに、余談ですがそこでは勃起ができない人は心筋梗塞になりやすいという話をしました。
勃起不全は血管病なんですよ。勃起力が落ちてる人は、血流が悪くなってるので、冠動脈が心臓へ集まってきて心筋梗塞になりやすいというデータもあります。
日本人男性の精液の状態
ーーなるほど、そんなに当たり前になってきているのですね。先生は様々なところで取材などをお受けされていると思いますがどういう話題が多いですか?
妊活の話題では、特に男性不妊になる原因は何なのかという取材依頼が多いです。
ご存知のように不妊カップルの割合は10~15%です。つまりおよそ6組~7組のうち1組が不妊カップルということになります。
その半分、正確に言うと48%ですが、男性側に原因があるということがWHOのデータで出ていますからね。
男性不妊症になっている人の原因の83%が造精機能障害、つまり精子がうまく出来ないことです。だから不妊カップル、なかなかお子さんが出来ない夫婦の4割の男性は、精液の状態が悪いんですよ。
これは僕の研究論文ですが、これから子供をつくろうとしている男性にブライダルチェックで精液検査をしたら、日本人の25%の方が精液の状態が悪かったんです。
ブライダルチェックなので、何の症状もなく一見健康な方を検査した結果です。つまりそれが今の日本の現状なのです。
この割合を多いと見るか少ないと見るかは人それぞれですがね。
――そんなに、、精子の状態が悪いというのは、何か基準があるのでしょうか?
WHOの基準に到達しているかどうかです。
精液量、精子濃度、精子運動性などの項目でWHOの基準に達しているかを見ています。
基準に到達しなかった人を精液不良とすると、僕の研究では25%いたということです。
WHOの基準と日本の平均値の関係
――WHOの基準に到達しなかったら、やはり妊娠は難しいのでしょうか?
一概にそうと断言できるわけではないのですが、難しくなる可能性はあると思います。なぜかというとWHOの基準は、実はすごく低いのです。
2021年にWHOの基準が11年ぶりに変わりましたが、基準が少し下がりました。
精液量の基準値は1.5ccだったのが1.4ccになり、精子の数は1cc当たり1500万だったのが1600万になりました。
じゃあ精子が1600万あれば基準を満たしているから妊娠するのかと言うと、そういう訳ではありません。
というのも日本人の精液の質は、論文でも書きましたが、1精子当たりの中央値、つまり日本人の平均値が8400万なんです。運動率の中央値が77%。
比べてみてください。WHOの基準は、1精子当たり1600万で運動率42%ですよ。
――WHOの基準はそもそも平均よりそんなにも低い基準なんですね、驚きです。
そうなんです。とすると、日本人で自然妊娠してる方の数値から見たら、WHOの基準はそもそもかなり低いわけですよね。かなり低い所にラインを引いているので、そのWHOの基準よりも低かったらこれはもう当然に要注意ということになります。
仮にWHOの基準をギリギリ満たしていても、中央値より多く下回っていれば精子は少ないですよという話になります。
先ほどブライダルチェックで精液検査をしたら、日本人の25%がWHOの基準に達していないと言いましたが、そのうち精子ゼロの無精子症だった男性は1.8%の割合でした。
僕も無精子症の男性は100人に1人くらいかなとは思っていましたけど、実際にブライダルチェックで1.8%が無精子症という現状には驚きました。
生活習慣とストレスが及ぼす男性妊活への影響
――日本人男性の精子の状態は、年々悪くなっているのでしょうか?
かも知れませんね。統計的に調べたわけではないので正確には分からないですが、この30年くらいで確実に精液の質が悪くなっているというデータは、世界中の研究論文で書かれています。
――原因はわからないのでしょうか?
生活習慣の乱れが原因のひとつでしょうね。メタボな人はとにかく要注意です。太るとやはり体温が上がりがちになりますから精巣を温めることになってしまいます。
最近は一般的に言われるようになってきましたが膝の上でパソコン作業をやってはいけないと言われるように、やはり局部を温めるのは良くないんですよ。
加えて食生活が乱れてメタボになって太ると、血行も悪くなるので勃起力も低下します。
しかし、現代人は食生活が乱れ気味ですし、血糖値が上がって血圧が高くなっている方が多くいらっしゃいます。
これから妊活に取り組まれる方にはまずは生活習慣を見直して頂くのが良いかと思います。
――気をつけます。
あとは一般的なストレスですね。
これも研究データが多くあって、実は社会的なストレスを受けただけで精液の状態が悪化すると考えられます。
例えば仕事で不安が強い人。不安尺度を質問表でチェックしてもらって、点数を付けるわけです。そうすると、その不安度合いと、精液の精子数や運動データの低さは実は比例するということがわかってきているんです。
日本では、阪神淡路大震災の後に精液の質がドンと落ちたというデータも出ています。
――日常生活がそんなにダイレクトに大きく影響するんですね。
はい。忙しくて夜あまり眠れないとかショートスリーパーの人も、やっぱり精液状態が悪くなります。
統計上、睡眠時間は7時間から7時間半がベストで、それより長くても短くても悪くなるというデータもあります。
食生活が乱れ、運動不足で太って、しかも睡眠も取れてない、さらに仕事がうまくいかずにストレスが多い人の精液状態は、確実に悪いといえるでしょう。
規則正しい生活と栄養バランスのいい食事をして、適度な運動を心掛けることが大切です。
そうすることで男性ホルモンが上がるとか、ホルモンバランスが整うというデータはたくさん出ていますから。
加齢による精子への影響
――精子の老化について、先生はどのような見解をお持ちですか?
加齢で1番ダメージを受けるのは精液の量と言われています。精液量が年齢と共に減るのと、精子の運動性がやっぱり落ちます。
あとはDNAの断片化率ですね。いわゆる精子の質のことなのですが、質も悪くなりますね。この辺りも、いろんな研究をまとめたメタアナリシスでそう言われています。
つまり、総じて年齢が上がれば上がる程、精液の状態はちょっとずつ悪くなるといえると思います。悪くなるけれど女性と違うのは、男性は70歳80歳になってからご結婚されて子どもができる方がいますよね。
つまり、高齢になっても精子がある程度保たれる人がいるということ。加齢により妊娠できるチャンスがゼロになることはないということも言えるとお思います。
男性妊活とおすすめの栄養
――なるほど、加齢は影響するもののそれでもチャンスがあるということですね。加齢というと抗酸化成分のあるサプリなど最近良く見ますが、男性妊活におけるサプリ摂取について、先生はどのようなご意見をお持ちですか?
サプリもいいと思いますよ。例えば食事で抗酸化力が強い食物をどれだけ取れるかというと、そんなに取れないですよね。
亜鉛を取るなら「牡蠣を食べたらいいですよ」と言いますけど、実際にそんなに毎日牡蠣は食べられないですよ。現実的に無理です。
だからサプリに頼るわけです。
食事で補いきれないものはサプリメントで摂取すればいいんだと思います。確かに亜鉛のサプリメントを飲んでる人の血中亜鉛濃度を調べると、高いですもんね。
――実際に先生はどのようなサプリメントを使っているのでしょうか?
僕が使ってるのは、ビタミンCとEとビタミン12、亜鉛、コエンザイムQ10、L-カルニチン、アスタキサンチンですね。そこに加えるなら葉酸ぐらいでしょうか。サプリ以外でも漢方を処方することもありますよ。
――いわゆる抗酸化作用成分ですね。漢方薬はどういうものがいいんですか?
よく使っているのは補中益気湯ですね。
例えば『今日の治療薬』という本にも、男性不妊症の治療薬として最初に書かれてるのが漢方薬です。
ただ、日本だけでなく海外も含めて漢方薬などについては「治療は経験に基づいてされている」と書かれてます。要するに、本当に効果があったと証明された漢方薬はないのです。なぜかというと妊娠には様々な要素、男女の組み合わせがあるので、薬が効果を出した、と明確に立証するのは極めて難しいからです。
唯一、抗酸化剤、抗酸化力を持ったサプリメントや漢方薬は試してみてもいいんじゃないかということは、ヨーロッパ泌尿器科学界のガイドラインにも書かれています。
精液の酸化ストレスが強くなると精液の状態が悪くなるので、サプリメントを使うなら抗酸化力を持ったサプリメントや漢方薬がいいですよ、ということです。
抗酸化作用を持ったサプリメントは、さっきも言いましたがコエンザイムQ10とかL-カルニチンですね。
――勃起力を高めるという視点では、何がいいのでしょうか?
僕の研究データで出しているのは、ポリフェノールですね。つまり、レスベラトロールですよね。
レスベラトロールを服用すると、勃起力が上がります。夜に服用することによって、さらに勃起力が上がるという内容を、動物実験を実施して研究論文を書きましたし、実際に人間の男性ではどうなるか、安全なのかどうかも試しています。
他にもシトルリン、亜鉛、トンカットアリも勃起力向上にはいいと言われています。あとは精力が落ちている人が性欲を高めるには、テストフェンを勧めていますね。
男性妊活と保険とお金の関係
――男性不妊に関して、保険適用で処方できる薬が増えたそうですね?
はい。2022年4月に、男性不妊症に対して保険適用が通った唯一の薬剤があるんですよ。それがクロミフェン。
元々は女性にしか適用がない薬だったのですが、理論から言うと、男性であっても女性であっても、脳からのいわゆる性腺、女性だったら卵巣、男性だったら精巣を刺激するためのホルモンの分泌を増やす薬なんです。
なので、女性にしか効かないというわけではないわけですよ。クロミフェンを服用することで男性は睾丸が刺激されて男性ホルモンが作りやすくなる、つまり精子を作りやすくなるっていうようなお薬なんです。これが保険適用になりました。
――治療に関しても保険適用の範囲と自費では内容が大きく変わると思いますが、やはり自費でお金をかけたほうがいいのでしょうか?
お金をかけられるのであれば、かけたほうが成績はよくなると思います。
保険適用の範囲内だと、例えば検査は何回までとか、何か追加する薬もここまでとか、ある程度縛りが出てきます。
その人にとって本当にベストの治療が出来るかというと、そうではなくて、なかなか出来ずに平均的な治療で終わってしまうこともあります。
――先生の診察とは、どういった内容なのでしょうか?
ブライダルチェックを含めて、外勤先のクリニックで診察することが多いですね。僕が患者さんに話を聞いて、睾丸とかペニスを触診し、超音波検査を行い、精液検査をします。
で、精液の中の酸化ストレスやDNA損傷の有無をチェックして、後は動脈硬化の度合い、血液検査でホルモンレベルのチェックなど、すべてまとめてやります。
――どれくらいの時間がかかるのでしょうか?
精液がシュッと出ると人と、めちゃめちゃ時間かかる人がいるので一概には言えませんが、スッといけば小一時間で終わると思いますよ。
――費用はどれぐらいをイメージしておけばいいのでしょうか?
例えば精液の中のDNAの断片化率とか、酸化精度、その辺は保険適用外なので、すべて自費になります。
当然どこまでやるか、何をやるか、また病院によっても違いますが、大体5万円くらいでしょうか。
昨年初めてWHOが精液の中の酸化ストレスや精子のDNAの断片化が妊娠に関与していることを明らかにし、関連する検査を提唱したこともあり、僕はここまでをセットにした検査を推奨しています。
ーーこれから妊活に取り組まれる方はまずは検査を受けるのが良さそうですね。先生、本日は貴重なお話をありがとうございました。